若い経営者の主張
青年部活動に参加して「地域・人・思考・学」
市来町商工会青年部 有川 亨
平成10年 8月24日
鹿児島県大会(右写真)

平成10年11月18日
九州大会
若い経営者の主張鹿児島大会

                      

「私はこの町が好きです。!!」
「私は地域人思考派です。!!」
私が住んでいるまち市来町は、鹿児島市より北西へ35KM、日本三大砂丘吹上浜の北端にあり、ポンカンと焼酎で有名でありますが、人口わずか7000人足らずの小さな町です。特に観光地がある訳でなく、なんとなく通り過ぎてしまう、はっきり言って印象の薄い町であります。しかしながら、私はそんな町の人、青年部、そしてそれ以上に六四のお湯割で飲む市来名産のいも焼酎が好きなのです。


話は変わりますが、みなさん青年部の役割をどう解釈されていらっしゃいますか。私は簡単にいうと、その町のム−ドメ−カ−だと思います。若者がム−ドを造り、それを発展させ町に活力を与えていく。この集団こそが「青年部」だと思うのです。みなさんどう思われますか。
そこで私たち市来の青年部を紹介しますと、現在部員は十五名、年々減りつつあり、対象者が少ない為か、なかなか部員が増えないのが現状です。しかし、小さな町のせいなのか、焼酎好きが多いせいなのか、昔からの知人が多く、良く言えば、兄弟の様な感じで活動しております。
そうした中で市来の青年部は次のような活動を行っています。産業祭や夏祭りのイベント活動、奉仕活動、そして六月には1ヵ月間胸にワッペンを付けて、クリ−ンアップマナ−向上月間として、常に環境美化に努めるなど青年部としての意識改革にも余念がありません。そんな活動の中で一番印象に残っている事を話したいと思います。それは10年間途絶えていた市来の祇園祭りの復活です。

180年の歴史を持つ重さ3トン、高さ4.5メ−トルの大きな山車が町中を練り歩く京都の祇園祭りと同様のもので、それは大変賑やかで勇壮なものでした。しかしながら、人手不足、資金不足、またマンネリ化など、次第に開催できない状況になっていました。
そんな中、青年部の一人から「鹿児島市の祇園祭りに、市来の山車をもっていけばおもしろいかもなぁ」という一言がきっかけになりました。その時誰もが心の中では「そや無理よぉ…」「そやお金がいっど」とか消極的考えがあったと思います。しかし、何かしなければ。何か事を起こさなければという気持ちでいっぱいだった私たち青年部、かえって焦燥感さえ覚える毎日の中で少しづつではあったが前向きに話をすると、どうでしょう、一旦火がつくと、青年部全員の心が一つになるのが私にはわかりました。それから半年、言うまでもありません。壊れていた山車の修理、必死で集めた資金、また鹿児島市の祇園祭りの実行委員会との交渉など順調に進み、着々と準備が整って行きました。

そして1994年7月31日。天候晴。いよいよ当日の日です。朝刊では一面に「市来の祇園祭り、今日鹿児島市で復活」の記事が。私は身震いがしました。当初心配していた人手は、市来の人、市来出身の人、祇園祭りの復活に期待を寄せている人であふれんばかりです。それまでの青年部員の一週間というもの、準備や不安で疲労困憊の毎日が続いていましたが、あふれんばかりの人々の熱気でそんなものは一気に吹き飛びました。いよいよ出発です。次々と地元の神輿、武者行列が出て行きます。市来の山車はとりを飾ることになっており、その4.5メ−トル、3.5トンの大きな「巨人」はゆっくりと天文館へと進んで行きました。ア−ケ−ドの中では、囃子がこだまし、大迫力です。その迫力にそこにいた誰もが感動を覚えたことでしょう。やがて「巨人」はゆっくりと天文館の中心地へと進み、クライマックスを迎えます。するとどうでしょう。そこでは「巨人」を引く人、それに乗る人、そこに居るすべての人が「あ−ないちょ!!。ないちょ!!」と声を合わせ踊り狂っているではないですか。まさに陶酔とはこの事です。私を含め青年部員全員が心から沸き上がる祭りの楽しさと、興奮を実 感しながらここに持って来て良かった。また、やれば出来るということを、その場のム−ドから学びました。祭りはさらに盛り上がり無事終了しました。

それから約2年たった昨年の夏、地元の人みずから「祇園祭り実行委員会」を設立し、また今年はサマ−フェスタと名を打ち「祇園祭り」を盛り上げる事になりました。今年は山車も3台出場し、華やかさも倍増でした。またその夜空をあざやかに染める一千発花火は、4年前の私たち青年部の活動が無意味でなかったことを証明してくれました。そしてお年寄りの一人が私たちに「君たちが復活させてくれたので、また見ることができた。ありがとうね!」と声を掛けて下さり、自信さえも得る事が出来ました。それと同時にこの事は、地域の人のあたたかい協力があったことも事実です。その協力に対し感謝し、そしておんがえしをする。この事を継続する事によって青年部が地域と一体化していく。と私は思っております。

最後になりますが、サブタイトルの「地域・人・思考・学」ーーー
私たちは、その地域に住み、生活をしていく中で地域の人の思いや考えを学び、独創性を加えて発展させていく。これらが私たち青年部の原点であり、新しい町づくりへの原動力になると思います。そしてこのことは部員一人々の経済活動にもはてあまることだと確信しております。
また地域に心を寄せながら、市来の焼酎で晩酌をしたいと思います。
私はこれからもずっと「地域人思考派です。」

青年部の熱意と行動力に乾杯。!

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