大里みかん山 この山の中
外戸集落の奥地観音ケ迫の山中にある。
外戸集落の人たちは、明治の昔から毎年六月に麦酒を作って、お観音詣りを続けてきた。
その行事もいろいろな事情で現在行われていない。              (昭和57年郷土史から)
入り口標識 入り口標識
東京教育大学の和歌森太郎教授は、昭和45年6月17日現地を視察し、
「この岩窟は岩盤の巨大なものの組合せによる岩境(いわさか)信仰の対象たりし原始的古代的霊跡に
観音補陀落浄土という仏教的見方が習合した所だろう。」との所見を述べている。
この奥 看板
屏風岩の南面に「南海顕現国体民休、妙善感應合境乾坤」の文字が刻んである。
古石塔研究会会長の黒田清光は「この岩屋観音はいつ祀られたのか、尊像にも南海云々の磨崖文字にも
記号年がない。しかもこの磨崖文字には鎌倉以来久しい慣行とされた手法がまったく見られないので、おそらく
江戸末期に彫られた文字ではないだろうか。
また祀られている尊像の蓮華座の花弁の彫刻にみられる「そりかえり」が近世の特徴で、室町以前のものではないだろう」と
語っている。
入り口 洞窟の中
天然の大巨岩が多数重なり合い、その巨岩に囲まれた陽窟には二体の観音像が祀ってある。
その下方に陰窟があって、中に「青龍岩」と刻んだ巨岩の根元には年中絶えることのない清水をたたえている。
この岩屋観音は山伏の修験道場の跡か、かくれ念仏の場所ではなかろうかとの憶測もあるがそれらを証する
資料は何も残っていない。

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